魂のアソコ

それは高校2年生の寒い朝のことだった。

その日は朝からなんでか落ち込んでいて,いつもより少しうつむきながらいつものように自転車に乗って学校に向かっていた。

福岡の高校には朝課外という忌まわしい制度があり,高校生は問答無用で7時半には自分の席に到着し,授業に備えなければならない。内申点が惜しければ感傷に浸っている暇はないのだった。

余談だが私含め6割くらいの生徒は眠気にやられてまともに授業が聞けるような状態になるまで授業2コマ分の時間を要していた。それまでの時間は早弁するか白目をむいているだけだったので本当に無駄な制度である。

もし私がいつものように眠い目をこすりながら,それでも前を向いて進んでいたらあんなことには気づかなかったかもしれない。

私が通学路として使っていた道は狭いわりにバスや通勤の車,通学の自転車でごった返す比較的交通量の多い道であった。お互いが快適に,そして安全に目的地に向かうためにはお互いの譲り合いが肝心である。茶道部でワビサビの心を身に着けた私には当然備わっていた精神であったので,対向してきた自転車にもすぐ気づき,軌道を若干ずらすことできれいにすれ違える状況を作った。

しかしふらふらと危ない自転車である。自分の安全確保のためにも,うつむき加減ながらすれ違うまで自転車に乗った男から目を離さないことにした。

偶然ながらその男もうつむき加減であった。何か悲しいことでもあったのだろうか?いや,おそらく片手に持っている荷物を観察しているのだろう。片手運転なのも,速度が遅くてふらふらしているのも,その荷物を大事そうに見ているからであった。大事そうに膝の上にのせて走っている。

一体何をそんなに大事そうに持っているんだろうと興味を持った。人のこだわりについて知るのは面白い。話を聞かなくてもその様子から何を大事にしているか想像するだけでも楽しいものである。そう思い私はその自転車全体から男が持っている荷物にフォーカスした。

しかし大きな荷物である。手に持っているもの以外に荷物はないようなので,リュックサックにでも詰めてくればよかったのに…しかし,荷物が入るバックを持っていなかったのかもしれない。その荷物は大きいというより細長いものだった。しかしピンク色で細長いものとなるといまいちピンとこない。弾力も長さもあるみたいだし,スポーツチャンバラの竹刀かな?だからってあんなにしならせながら走らなくていいのに…などと思っていると男との距離が近づいて行った。

「あっ」

すれ違う一瞬,私はすべてを理解した。

その男に何のこだわりがあったのか私には想像の及ぶところではなかったようだ。しかし理解の範囲が及ばないものとは時に自分自身を救ってくれるものだ。あまりの衝撃に落ち込んだ気持ちが消え去ったのだった。だってあんなアクロバットな露出狂初めて見た(聞いた)し…

「いろんな人がいるんだな」と思い,若干すがすがしい気持ちで前を向いて学校に向かった。その日の授業では一度も寝なかった。